こんにちは、兵庫県加古川市・播磨町で学習塾「ニードモアアカデミー」を運営している三浦です。
きょうだいで塾に通っていただいているご家庭の面談で、「上の子は自分から計画を立てて勉強できたのに、下の子は全然やらないんです」というご相談をよくいただきます。同じ家で、同じように育ててきたつもりなのに、なぜきょうだいでこんなに差が出るのか——気になっている保護者の方は多いのではないでしょうか。今回はこの「きょうだいの差」がなぜ生まれるのかを、塾の現場での実感も交えてお話しします。先にお伝えしておくと、その差は必ずしも優劣の差ではないんですよね。お子さんの勉強のやる気ややり方が気になる保護者の方は、ぜひ最後まで読んでみてください。
同じ家で育てたのに、なぜ差が出るのか
きょうだいで差が出ると、つい「能力の差かな」と考えてしまいがちです。ですが、そもそもの前提として、きょうだいであっても生まれ持った性質はかなり違うと考えられています。「上の子は言われたことを黙ってやるタイプだったのに、下の子は全部『なんで?』と聞いてくる」——赤ちゃんの頃からタイプが違った、というご家庭は往々にして多いものです。
もう一つ大きいのが「環境」です。「同じ家庭で育っているんだから環境は同じでしょう」と思われるかもしれません。ですが、性格や学びに効いてくるのは、むしろ家庭の外の、その子だけが経験してきた部分なんですよね。
「家の外」で過ごす時間はまったく別もの
通った学校のクラス、仲のよかった友達、そこで起きた出来事。同じ家に住んでいても、その子だけがたまたま出会ってきたものは全部違います。家の中は同じでも、外で過ごしてきた時間はまったく別なんですよね。
これは塾の中で見ていても感じるところで、きょうだいなのに問題を解くときの考え方や思考回路に、多少の差があったりします。性質も、積んできた経験も違う。そう考えると、差が出るのはむしろ自然なことなんですよね。優劣ではなく、前提が違うだけなんです。
「生まれ順」の思い込みを一度手放す
この「前提の違い」を考えるとき、一度手放したほうがいいものがあります。それが生まれ順の性格論です。「一番上の子はしっかり者」「末っ子は甘え上手で要領がいい」といったイメージですね。
よく言われる話ではあるのですが、現時点での調査結果やさまざまなデータ上では、生まれ順で性格が決まると言えるほどの差は、ほとんど見つかっていないという話になってきています。意外に感じる方も多いかもしれません。
「しっかり者」は性質ではなく置かれた状況
とはいえ、上の子がしっかりして見えるという感覚自体は、傾向としてはあります。ただそれは、生まれ順そのものというより、置かれた状況によるものだと考えられます。上の子は、最初はきょうだいがいないぶん大人とだけ過ごす時間が長く、下の子ができた瞬間に「教える側・待つ側」に回らされる。つまり、しっかりせざるを得ない場所に置かれているだけ、ということなんですよね。
ここは地味に大事なところです。「お姉ちゃんなんだからしっかりしなさい」といった生まれ順のレッテルは、言っている側は何気なくても、「あなたはこういう子」という枠を先に作ってしまいます。言われる側は、知らず知らずその枠に自分を合わせにいってしまうこともあります。まずは「生まれ順でこの子はこういう子」という見方を一度外してみる。そこからのほうが、その子の実際のタイプが見えやすくなります。
学び方の「入り口」はこんなに違う
では、その子の「実際のタイプ」とは何なのか。ここが今日いちばんの中身です。きょうだいの差の正体は、能力そのものというより「学び方の入り口が違う」ことが大きいんですよね。同じ内容でも、どこから入れると頭に入るかが、子どもによって全然違います。
わかりやすいのが、競争でスイッチが入る子と、周りと比べられるとかえって固まってしまう子です。前者は「まわりもやってるで」の一言で前のめりになりますが、後者に同じことを言うと、逆に手が止まってしまう。マイペースな子は、勝ち負けよりも「前の自分と比べて伸びているか」のほうが動機になったりします。これは集団指導が合うか、個別指導が合うか、という塾選びの話にもつながってくる部分です。
耳から入る子、目で見て理解する子
もう一つ大きいのが、口で説明したほうがすっと入る子と、書いて目で見せたほうが分かる子の違いです。耳から入る子に「これ見て覚えて」と渡してもなかなか進みませんし、目で見て理解する子に口頭でずっと説明しても、うまく残らなかったりします。
ニードモアでも、同じ教材・同じ単元を扱っていても、その子がどこでつまずいているかを出発点にして、説明の仕方を組み替えています。この子には図を描いて見せる、この子には口で流れを説明する、というように変えていくんですよね。
ここで家庭によく起きる落とし穴があります。上の子にすごく効いたやり方を、そのまま下の子に当てはめて空回りするパターンです。たとえば、上の子が「書いて覚える」で伸びたから下の子にも同じようにやらせる。でも下の子は耳から入るタイプで、書いても頭に入ってこない。すると「同じようにやっているのに、なんでこの子はできないの」となってしまう。やり方が悪いのではなく、その子のタイプに合っていないだけ、というケースが結構あるんですよね。上の子で見つけた「正解」が、下の子には正解じゃなかったりするわけです。
「お兄ちゃんはできたのに」の落とし穴
この「お兄ちゃんはできたのに」という言葉は、なぜよくないのでしょうか。親御さんとしては「上の子はできたんだから、あなたもできるよ」という励ましのつもりで言っていることがほとんどです。
ですが、言われた下の子に残るのは「頑張る方向」ではなく「自分は劣っている」という感覚のほうなんですよね。目標にはなりにくく、自己評価だけが下がっていきやすい。比べられ続けると「どうせ自分はお兄ちゃんみたいにはできない」と、先に諦めのほうが育ってしまうこともあります。
比べる相手を「きょうだい」から「その子の過去」へ
とはいえ、目の前にきょうだいがいて片方はできて片方はできないと、つい比べてしまうのが正直なところだと思います。そこでおすすめしたいのは、「比べるのをやめる」のではなく「比べる相手を変える」ことです。相手を、きょうだいではなく「その子自身の過去」にする。お兄ちゃんと比べるのではなく、先週のその子、先月のその子、去年のその子と比べるんですよね。
「お兄ちゃんはできたのに」ではなく「先週より読めるようになったね」。同じ「比べる」でも、向ける先が変わるだけで、子どもに残るものが全然違います。
そして、下の子に合う入り口を見つけるには、決め打ちせず一緒に探すのがいちばん早いです。「どうやると覚えやすい感じがする?」と本人に聞いて、書いてみる、声に出してみる、誰かに説明してみる、と色々試す。合うやり方は、やってみないと分からないんですよね。親が先生役をしなくても、一緒に試していくだけで十分です。意外と本人が「自分は聞くより書いたほうが覚えられる」と、自分のタイプの感覚を掴んでいることもあります。今まで聞かれたことがなかっただけ、ということも多いんですよね。
まとめ
- きょうだいの差の正体は、能力の優劣ではなく「生まれ持った性質」「その子だけが経験してきたこと」「学び方の入り口」の違い
- 「同じ家庭で育ったから環境は同じ」ではなく、家の外で過ごしてきた時間はまったく別もの
- 「上の子はしっかり者」などの生まれ順の性格論は、一度手放したほうがその子の実際のタイプが見えやすい
- 上の子で見つけた「正解」をそのまま下の子に当てはめると空回りしてしまうことも。その子が何なら乗ってくるかを一緒に探す
- 比べる相手は「きょうだい」ではなく「その子自身のちょっと前」に差し替える
きょうだいで勉強への向き合い方が違うと、つい比べたり不安になったりしがちですが、少し今回の内容も踏まえて考えていただければと思います。ニードモアでも一人ひとりに合った学び方や性質がみんな違うことを日々感じながら、その子に合う形で向き合っています。
気になることがあれば、お気軽にニードモアの教室にご相談ください。
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