こんにちは、兵庫県加古川市・播磨町で学習塾「ニードモアアカデミー」を運営している三浦です。
夏期講習で日々、熱心にがんばる生徒たちと教室で接していると、ふとした瞬間に「なんでこんなに勉強頑張らなあかんの?」という声が出てくることがあります。小学生から中学生まで、一度は口にしたことのある子も多いのではないでしょうか。実はこの質問、まっすぐ答えようとすると意外と難しいんですよね。「将来のためだよ」だけでは、なかなか本人には届きません。今回はこの子どもたちからの素朴な問いに、塾講師として正面から答えていきます。お子さんの勉強へのモチベーションが気になる保護者の方は、ぜひ最後まで読んでみてください。
なぜ、いまは「頑張り」が評価されるのか
「なんで勉強を頑張らなあかんの」と聞かれたとき、その答えを考える前に、まず今の子どもたちが置かれている状況を整理してみたいと思います。
学校の成績は、テストの点数が大きなウェイトを占めるのはもちろんですが、それだけではありません。提出物や授業への取り組み方といった、結果に至るまでの「途中の頑張り」も評価に入ってきます。仮にテストの点が同じでも、提出物や授業態度で差がつく、というのはよくあることなんですよね。
では、なぜ頑張りが評価されるのでしょうか。これは「評価する人が誰なのか」で決まっていると思うんです。学校の先生も、家庭の保護者も、私たち塾講師も、その子とこの先も長く関わっていく立場の人です。だからこそ、途中の過程を見る意味がある。子どもたちはまだこれから成長していく段階にいるので、途中を見る価値があるんですよね。
大人を評価する人は「結果」しか見ない
一方で、大人を評価する人は、その人のこの先には基本的に関わりません。出てきた結果を受け取るだけの立場です。
たとえば、買った服がすぐに破れてしまったら、品質は良くないと判断されます。「作った人はすごく頑張っていたんですよ」と言われても、受け取る側は納得できませんよね。受け取る側にとっては、受け取ったものがちゃんとしているかどうかが全てで、その人がこれからどう成長するかは関係がない。だから、途中を見る理由がそもそもないんです。
そして大人の評価は、最終的にお金という形で返ってきます。給料や売上です。これは頑張った量ではなく、結果に対して支払われるもの。言い換えれば、お金とはどれだけ「ありがとう」を集められたか、感謝の量に比例するものなんですよね。今の子どもたちが「頑張り」を見てもらえるのは、大人になる前の今だけ。ここが学生と大人の一番の違いです。
テスト勉強では、誰からも「ありがとう」はもらえない
この「感謝の量」という視点で子どもたちの勉強を見ると、面白いことに気づきます。生徒たちがしている勉強は、誰かから「ありがとう」と言われることがないんですよね。
「テスト勉強してくれてありがとう」とは、誰も言いません。点数が上がったとしても、それによって誰かが直接助かるわけではないからです。
ただ、これは裏を返すと、失敗しても誰も困らせないということでもあります。点が取れなかったときに「ごめんなさい」と謝らなければいけない相手はいません。ところが大人の失敗は、たいてい誰かが代わりに困ることになります。私たち塾講師が手を抜けば、困るのは生徒であり保護者です。
つまり、誰も困らせずに何度でも失敗できるのは、実は今だけなんですよね。点数が返ってきて落ち込むことはあっても、それで誰かに迷惑をかけるわけではない。だからこそ、今のうちに思い切り失敗してほしい、とすら思います。
今は「自分のためだけに頑張ればいい」特別な時期
言い換えれば、今は自分のためだけに頑張ればいい時期だということです。誰も巻き込んでいませんし、身につけたものは全部自分に残ります。
英単語を覚えても、数学が解けるようになっても、それは自分の中に積み上がっていくものです。たとえばお皿を洗えば家族は助かりますが、皿洗いそのものが自分に積み上がっていくものは比較的少ない。人のためになることと、自分に積み上がっていくことは、分かれていることも多いんですよね。その点、学校でやっている勉強は、ほぼ全部が後者。誰の役に立つわけでもないけれど、自分自身の中に丸ごと残っていきます。
自由なのに、実は一番難しい
ただ、これだけ自由なのに、実は一番難しいのも今なんですよね。
人は「自分のためだけ」には意外と頑張れない生き物だと思うんです。自分のためだけなら「今日はちょっとええかな」で終われてしまう。でも、そこに「誰かのため」という理由が重なると、案外頑張れたりする。この構造で考えると、生徒たちがやっていることは実はかなり難易度が高い。勉強しなくても困るのは自分だけなのに、自分のために机に向かわなければいけないわけです。
だから、勉強を頑張れないのは、そもそも構造として難しいことをやっているからでもあるんですよね。逆に言えば、隣で一緒に見てくれる人がいるだけでやれることもある。私たち塾講師がいる意味も、まさにそこにあると思っています。
ただ、受験だけは違う
ここまで、学生である今は頑張りも見てもらえるし、失敗しても誰も困らせない、という話をしてきました。ただ、一つだけ例外があります。それが受験です。
受験だけは、頑張りが評価に入りません。そこまでどれだけ努力してきたかは、当日の点数には一切乗らないんですよね。内申点として普段の成績が反映される部分はありますが、当日の試験そのものは、そこで出した結果が全てです。しかも基本的に1回きりで、やり直しが効かない。学生生活の中で、ここだけが唯一、大人と同じルールが適用される場面なんです。
だからこそ、この点については私たちも生徒に正直に伝えています。優しくぼかしても本人のためにはなりません。受験が近づいてから「こんなに頑張ったのに」と言っても、点数が変わるわけではない。まだ間に合う時期だからこそ、本気で伝えるようにしています。
じゃあ今、何のために頑張るのか
では改めて、最初の「なんでこんなに勉強頑張らなあかんの」という質問に戻ります。私の答えは、『今の頑張りが将来選べる道の多さに直結するから』です。
勉強を通して自分の中に残るものは2つあります。1つは勉強を通してできるようになったことそのもの。もう1つは、頑張ったことを結果に変えるというプロセスです。特に2つ目は、教科が変わっても、社会に出てからでも使える力で、どちらも完全に自分の中に蓄積され、誰にも奪われません。
そして、その頑張りの先にあるのが「選択肢の広さ」です。行ける高校が変わり、その先の進路も連動して変わる。どんな仕事につけるか、どこに住むか、給料をいくらもらえるか、すべてつながっています。「勉強が全てではない」という意見も正しいですし、勉強以外で力を発揮する子もたくさんいます。ただ、勉強ができると選べる道は増えますし、お金があると選べる生き方も増える。全てではないけれど、選べる範囲には大きく影響するんですよね。
選択肢は、気づかないうちに静かに減っていく
ここで一つ伝えておきたいのは、選択肢は今頑張らないと、知らないうちに静かに減っていくということです。
今日サボったとしても、明日すぐに何かが変わるわけではありません。誰にも何も言われないかもしれない。でも、サボった分だけ、将来選べるものは確実に減っていて、それがまとめて見えるのは少し先の話になります。だから、受験のタイミングで初めて気づくケースが多いんですよね。行きたい高校や大学の名前が出た段階で、「もう厳しいかもしれない」となってしまう。学年が上がるほど、戻すのに必要な時間も増えていきます。中1で気づくのと、中3で気づくのとでは、同じだけ頑張っても届く範囲が変わってくるんです。
つまり今の頑張りは、結局どこまでいっても「将来の自分のため」なんですよね。やりたいことが今決まっていなくてもいい。それが決まったときに、ちゃんと選べる状態にしておいてあげてほしい。今すぐ何かが劇的に変わるわけではないかもしれませんが、今の頑張りが将来の選択肢を大きく左右するのは事実です。だからこそ、少しだけ意識を変えて取り組んでほしいと思います。
まとめ
今回は「なんでこんなに勉強頑張らなあかんの」という子どもたちの質問について考えてきました。要点を整理します。
- 今の学生は「頑張り(過程)」も評価してもらえるが、大人になると「結果」しか見られなくなる
- 勉強は誰かに感謝される種類のものではないが、その分、失敗しても誰も困らせない
- 今は身につけたものが全部自分に残る、自分のためだけに頑張れる特別な時期
- ただし受験だけは例外で、頑張りが点数に乗らず結果が全て。だからこそ早めの努力が大切
- 今の頑張りは将来の「選択肢の広さ」に直結し、サボった分は静かに減っていく
教室では、生徒たちの頑張りやプロセスをしっかり認めた上で、結果がどうだったのか、次にどう改善していくのかという、結果につながるところまで将来を見据えて一緒に見ていきます。お子さんの学習について気になることがあれば、お気軽にニードモアアカデミーにご相談ください。
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